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「私とフラメンコの最初の出会いは母の部屋に飾られていた赤いドレスをまとうフラメンコ人形でした。その人形はスペインに長く住んでいた叔父のお土産だったんです。赤いドレスとエキゾチックな雰囲気に憧れて、いつも見ていました。フラメンコを踊っているのは、その頃から知らぬ間に心の中に棲んでいたスペインの影響なのかな、とも思うんです。」
南カリフォルニアのUCI大学院でダンス・コリオグラフィーを学び、あらゆるジャンルの舞踊、バレエ、モダンダンス、ジャズダンス、タップダンス、バロックダンスなどを体験して、そして最後にたどり着いたのが自分に一番ぴったり合った表現方法で、しかも生涯続けられるスペイン舞踊のフラメンコだった。
「一度、叔父が東京の新宿にあるスペイン・レストランに連れていってくれたんです。そこで食べた料理よりも、踊っていたフラメンコ・ダンサーに感激したことがありました。」人形との出会いから数十年、最後の1ピースが収まりジグソーパズルの絵が完成したように、心の中のスペインと自分自身が重なり合った。
1998年6月「月刊もん」今を駆ける女(ひと)たち[14}より抜粋